沢田研二トークショー2014 帝国ホテル大阪


今年は、お正月のコンサートがトークショーみたいだったし
あれこれで不参加を決めていたのに、
角刈り、着流し、素足に雪駄な装いで、ホテルのドレスコードは大丈夫かしらなんて
心配などしていたら、悪名ファッションで黒足袋のJulieのぐち、いっぱい聴いてあげたわって

追記修正
 (遠くからだったからそう見えたそうだけど どうやら素足に雪駄だったよう)

それから、ほどなく行けなくなったひとがいて
ホテルで着物の装いをまだ経験したことがないしってことで
急遽の参加になって


5月7日(水)晴れ   帝国ホテル大阪 孔雀の間
ディナー18:00~19:00  
トークショー19:15~21:00ごろ

トークショーのタイトルは事前に発表されていなかったけれどテーブルについたら
メニューとともにこんな文字が添えられて

 『東京五輪ありがとう。被災地へのプレゼント。』




ウエルカムドリンク いつものシャンパンで乾杯して



係りのひとに案内され、テーブル席につく


昨年は緑、今年は赤とグリーンを基調としたテーブルフラワー
ちょっとぼ~



あれこれおしゃべりしているうちに お料理も運ばれて

ほたて貝柱と野菜のジュリエンヌのプレス フィヨルドルビー添え


カリフラワーのクリームスープ デュ・バリー夫人風



じっくり焼いた牛フィレ肉のローストと温野菜 茸のピュレを入れたフォンドヴォーソース


お魚バージョンは真鯛のポアレ


 
苺のムース ベリー添え アングレーズソース


コーヒー


トークショー経験21年目だというのに、
Julie登場の前に携帯の電源オフしようとしたら、みあたらないやら
薬を飲もうとお水をもらうタイミングがずれたり
あたふたしてるうちに暗くなっちゃって、あらJulieが登場しちゃうじゃんなんて
そんなこんなしてたらJulieの歌声が流れて

新譜「三年想いよ」いつものように前日にJulieの想いを聴いたけれど
発売日の3月11日
 Julieの歌声を聴くココロの状態じゃなくだったので
2度目が
急遽空を飛んで参加した孔雀の間になって


♪東京五輪ありがとう♪
(作詞:沢田研二/作曲:柴山和彦)が流れる中
下手袖のカーテンから登場のJulie


そっちへ向かうJulieの横顔をみつめ、あっちへ向かうJulieの横顔をみつめて
そして、正面を向いて、こんばんは
声にするひとココロの中でするひと、それぞれのJulieとの挨拶もすんで
 

ゴールデンウィークも終わり、夏も立ち、
こっちの地域はわからないけど、雨が降ると気温がさがるねって
季節がらの言葉もすんで
こんなみすぼらしい姿で、申し訳ないやらおもろいやらって

後方のカーテンがこっちへおしよせてきてるから客席がおしよせてきてるって感じるJulie
客席が近いのが苦手なのなんて
後方のカーテンのところで、おしゃべりをスタートして
なんだか子供のようなJulieでした

栃木から10日ぶりのJulie
角刈りもちょっぴり伸びた?お芝居のときは角刈りにあんまり目がいかないから
髪の長さもそんなに気がつかずだったけれど、黒く見える髪だけど
照明に光っていたのか白い髪もちょっぴり

ライヴのときのようにマイクは左手に持って
右手は白魚指先イキイキ活躍して黄色い腕輪も

東京、富士の間では雪駄に黒い足袋をはいていたと報告あったけれど
Julieの足元は素足に雪駄
小倉初日に遠く斜めな鑑賞でみつけたちっちゃな黒い点
左足の内側がみつめられる方向でラッキー♪
それから視線をずぅっと上に
河内弁のBadboyな朝やんをみつめてるときは顔のホクロもちっとも目に入らずなのに
動かないでじっとしてくれてるから あぁ そうだったと改めて確認したり


<新譜のこと>
技術が進歩して2月にレコーディングして3月11日には間に合って
レコード会社にいたら、こんなに早くはできないと


<悪名のこと>
勝新太郎さんと田宮二次さんとの関係、ふたりとはそんなに親しくはなかったそうだけど


<Julieと勝新太郎さんの関係>
大昔に勝新太郎さんからジュリーって呼ばれていた思い出は、まだタイガースの頃
京都の友達がやっている絨毯バーでのこと
(絨毯を昼間に見たらキタナイだろうなぁって個人の感想も)
ある日、そのお店で勝新太郎さんのご一行に遭遇して
面識がないのに、みつけられて
ジュリーって呼ばれ
(Julieの発音、私たちがジュリーって言うのとちょっと違って)
蛸薬師だかにあるダンスフロアーのある「おそめ」というところに連れていかれ
その当時からお酒が強かったJulieだから、ずっと一緒につきあったそう
勝さんとは、
そのときたった1度きりのお付き合いだったそう
お酒を飲みながら、こういうところで人間観察をするようにって勝さんに伝授されたそう
「ジュリー、よう観ておけよ」って言われても
そのころのJulieはひとりで静かに呑みたいのに、帰りますとも言い出せず
接近してくる大先輩の勝さんがむさくるしいなんて感じていたよう
勝さんが亡くなったのが65歳
その同じ年齢で「悪名」をやるとは、そのときに思ってもいない
Julieだったそう

勝さんは、もっと若い時期にやっていたのに、
65歳の自分ができるのも
映像じゃなく舞台だからできる、文句を言われる環境にしていないし・・・
自分で提案し、自分で演じている



後ろのカーテンの前でおしゃべりしていたJulie、
こんな遠くじゃと舞台の真中にずんずん進んで、いつもの定位置で、おしゃべり続行
(やっぱり愚痴をきいてくれる客席が見えないとねなんて個人の感想)
後ろのカーテン
話題がかわるたびに色とりどりの照明があたってキレイでした



悪名を再演するとしたら2年後
来年はもう決まっていて「お嬢さん お手上げだ」
2年後の音楽劇のときに67歳だから、体力の衰えもあるから
その後の「悪名」
Julieの年齢と同じくらいの八尾の朝吉はどんなだろうと提案しているそうだけど
どうなることやら観てのお楽しみ?



<若山富三郎さんとの関係>
「悪魔のようなあいつ」の刑事役で共演して、お兄さんのジュリーって呼び方が
もっと凄いそうだけどJulieが発音するジュリー
勝新太郎さんバージョンと
どこが違うのか個人的にはちっとも区別つかなかったけれど
若山さんはお酒がだめなので、朝からぼたもち、番組収録のとき、楽屋が隣で挨拶に行くと
ぼたもちをすすめられ、二日酔いのJulie、断ったときのこと
遠い記憶を思いだし、どんだけ怖かったか。。。。

ポラロイドカメラがでたばかりの頃の思い出
加門良が♪時の過ぎゆくままに♪を歌う場面
ドラマの中では、ギターは実際に弾いてなかっと、今頃教えてくれたJulie
弾いているように観えないととギターの練習しているところを下からあおるように
パチリしてくれた若山さんだけど
写真ができるまで脇の下でこするようにしていたから、もらったときにはクシャクシャだったとか
(そういえば、買ったばかりのポラロイドカメラで撮って、できたばかりの写真を持ってるのはJulie一休みをしていたひと)



<田宮次郎さんとの関係>
鴨沂高校の先輩で、タイガースのジュリーのころ、雑誌で対談をしたことがある
このころに「悪名」をやられていたか記憶がないそうだけど
産業スパイの黒シリーズはよく覚えているような新聞とかの宣伝で見ていたのかもしれないと
記憶が曖昧のJulie

田宮さんとは、テレビ朝日の音楽番組で司会をされたときに一緒になって
台本に書いてないことを言ってくれたりしたそう
鴨沂高校から学習院大学へ行って賢いひとだったのに、
最後がああいうことになった

Julieは
いろんなことにたいして重荷に感じない性質で
楽天的だけれど無責任とは違って、でも責任を負わされるのは嫌いなよう


<鴨沂高校のこと>
Julieは2年生のときに退学届を出しているので卒業していないのに
同窓会も一度も出席したことがないのに、
ジュリー祭りのときに切符を買って観にきてくれたそう
もう忘れてほしいそうだけど同窓会の通知や年賀状がいまだにくるそう
大河ドラマの八重の桜のちょっと前ぐらいに
校舎が取り壊されることになって、保存するようにJulieから呼びかけてほしいと
事務所に依頼があったそう
裏でこそっとしてるのが好きで表立ったことは苦手だから
そのまま、返事もしないままだそう

返事などしたら、沢田さんはさすがお人柄も違うようで・・・とか
絆されそうなので、返事はしないと決めてるそう
京都でライヴがあるときには さんぽして門のところまで訪れることもあるんだって


<タイガースのこと>
昔だったら聴けないようなことを最近(T2013やほぼTのとき)メンバーに聴いたときのこと
Julie:皆が僕を必要としてくれたの?
メンバーみんな:あれは誰が言ったんだっけ状態

ジャズ喫茶田園でぼうやをしていたころ、ぼうやがふたりいて、
ひとりはジャズ喫茶では名が知れ渡っている中川兄弟の三番目なので場慣れしている
バンドのひとが歌っているときはモンキーダンスを踊らされて
ちょっとでも手をぬくとどつかれたりするから、汗をかいても拭くなって言われ
真面目に踊っている青年の沢田くん
そのとなりで、踊りながら客席に目をやって女子を物色している中川くん

そんなときから40数年後の沢田くんは
着流しでモンキーダンスを踊り
目線は当時の中川くんを再現して 客席をみつめる65歳のJulieでした

客席の誰かの足元は
 中川君のような目線を察知して、女子らしく脚を斜めにしちゃったじゃない
Julieのおしゃべり終えたら、隣のひとも同じくで可笑しかったけど


沢田青年の頃に戻って
そんなときに客席から、にょっきと背の高いふたりが表れて
サリーとタローから話があるから凱旋門に来てと言われた、Julieの記憶

ほんとうはあとふたりもいたけどちっちゃくて見えなかったのかも
ピーの顔もかつみの顔も、一度見たら忘れない顔だった
かつみは、そのころに田村正和かアンソニー・パーキンスって言われていたそうだけど
どこが?って個人の感想も交えて

<かつみが、おりたときのこと>
みんなはかつみが参加しなくてもいいという意見だったけれど、かつみが参加しないと
タイガースが終わらないと思うJulie
シローだって、それまでふんばらないとならないし早く楽になりたいだろうにと
シローの身体のことも気遣っての、昨年だったのかもね

Julieはあきらめることなく
かつみのケイタイに何度もメールし、留守電を残し
やっとかつみから電話がかかってきたとき

かつみ曰く
あのとき田園でね、僕が君を誘ったんだよ
(かつみの声マネするJulieのココロの中は)

Julie曰く、
僕の記憶の中では ちっちゃくて見えなかったかもしれないけど
サリーとタローが来て僕をよんでくれたと思っていた
凱旋門に行ったときには、かつみもピーもいたのは覚えている

かつみ曰く
沢田にはどんな服が似合うか僕はずっと考えていたんだよって
(タバコをすうかつみのモノマネも添えて)
タバコの煙をはくとき 顔を風船のようにまんまるくふくらませて、擬音もプラスして
ハマのひょうちゃんみたいなJulieでした
電話で会話しながらタバコを吸うひとは注意してねって


かつみの記憶が合っているか他のメンバーにも確認したJulie
サリーは忙しそうだから、いつでも電話にでられるタローに電話
(ちっとも似ていないタローのマネして)
どうだったかなぁとタロー
タローくん、どう書いてあるのか日記見てよとJulie
日記もどこにいったかわからないタローでした

サリーと飲んだりしているときは
沢田についてきてよかったなぁ、沢田は東京にでて歌手になるって言ってたよとサリー
65歳のJulieがふりかえる当時の青年ジュリーのこと
あいつよりルックスは勝ってる、あいつよりいい声とか若い頃の理由のない自信だそう
売れるのは簡単 新鮮だったら売れる 新鮮じゃなくなったら
どうするのかが問題

タイガースのメンバーそれぞれの歴史
の記憶があるけれど
その真実を証明する方法がないところがいいのかもとJulie



<悪名をやるにあたって>
先輩の勝新太郎さんとの僕の記憶もあるけれど、いつか悪名をやってみたいと思っていた
座頭市をやるひとは多いけれど悪名はまだやったひとがいないからやってみようと思った

脚本を書くときにマキノさんは 全てのDVD作品を観たそうだけど
観ると影響されてしまうので、いっさい作品を観なかったそう


<悪名の髪型について>
勝新太郎さんは、ちょっとクセ毛だったから角刈りにしてもまとまっていた
Julieの髪は
  すなお~な やわらか~い 本数のおお~い 
短くすると小学生のときに怪我して縫った痕が見える程度でうすくなっていないんだって
でも遺伝だからと ちょっぴり自慢げ?

角刈りのかつらという方法もあるけれど、
はぶたいで頭をぐるぐる巻かれるのを想像しただけで
頭が蒸れそうで身体によくないと思う性質で
中学のときにはスポーツ刈りにしていたから 角刈りの覚悟はしていたそう


<角刈りについて>
いつもの美容院で角刈りできるか確認したら、できるというのでやってもらった
美容院は櫛ではなく、髪をつまんで余った部分を切るので
想定した通りに
切り直してもらったらガタガタになった

最初から床屋さんに行くのも気がひける性質だから、最初にいつもの美容院に行って、髪も染めた
グリーンと茶色を入れた黒にしてもらった

美容院で散髪屋さんを紹介してもらったら
日にちを決めて来てくれることになったのに後日、そのひとが自信がないと言ってきた
断りの理由は
沢田研二ということと、コワイひとだということかなぁとJulieの想像
でも、そのひとの師匠にあたるひとが角刈りをやってくれることになった

66歳のそのひとは、散髪で世界一になったことがあるとかで、たいそう上手かったそう
Y組の5代目の組長だったひとの髪を刈っていたことがあったそう

<美容院に行くようになったきっかけ>
東京にでてきて千歳烏山に住んでるころは散髪屋さんに行っていた
そのころは男性が美容院に行ってる時代じゃなかったけれど
裕也さんの紹介で美容院に行くことになって、最初のころはお店が終わってから行っていた
そのころはジョージみたいにしてほしいってやってもらっていた
若い頃は、同じになるはずがないってなぜわからなかったんだろうと
当時をふりかえるJulie

私はちっちゃい頃から何度か床屋さんに行った経験あるけれど、おじさん夫婦も床屋さんで
松子さんは、弟から職人が使う櫛とハサミをもらって自己流で、子供たちの髪をカットしていたり
床屋さんが使う櫛とハサミ、いつも身近にいたので
懐かしい時間が蘇ったりしながらJulieの体験記を聴いて

*関西方面は床屋さんじゃなく散髪屋って言うみたい


<久しぶりのJulie散髪屋体験記>
(1)まずは目でJulieの頭をながめて、そのあとは座ったままシャンプー
泡を立てながら頭のカタチを確認してシャンプー
泡を扱う散髪屋さんの指先を白魚指先で再現するJulie
前の洗面台に顔を伏せて洗い流してもらって
パンパンってやってくれたんかい?な あっつい蒸しタオル顔にあてられ
あっちな表情のJulie
Julieのパントマイムがあんまり上手だから、その光景を見ているような気になっちゃって
会場は大爆笑だから Julieはうれしそうな表情

トークショーは話す内容より
 Julieのパントマイムやモノマネを鑑賞できることにあるのかしらね、って
急遽、空飛んで参加した意味合いを
改めて感じたり

(2)洋服ブラシみたいな大きなブラシにポマードみたいなのをつけて
根元から髪の先を立てて
その様子を鏡で見ていたJulieは
 ほれぼれしたそう
半月型の目の粗い厚みのあるつげの櫛で刈るので切りすぎることがない

(3)つぎに、ぽんぽんみたいなのにシッカロールつけて
刈った髪のところにつけて長さを確認して、また少し刈って
またシッカロールぽんぽんして、長さを確認してまた修正カットして
できあがった角刈りを鏡でながめて 
ほう~としてたら

緑がかった茶色の髪に、真っ黒にしないと ぼけちゃうからと散髪屋さん
僕まだ呆けてないけどとココロの中でしたJulie


ほんまもんのBadboy組長の
角刈りをしたことのある先生に思い通りの黒髪の角刈りにしてもらって
本番をむかえたJulie

8日ぐらいたったら ちゃんとそろえたはずの髪があっちこっち長さが違ってきて
DVD収録の前日に、
またその散髪屋さんで刈ってもらって、頭のてっぺん ぴっと真っ直ぐに切って
(右手を頭のてっぺんに添えて平らを表現するJulie)
それにリュックサックしょって、異様な姿を帽子で隠している
Julieだから
せっかくのカタチが崩れから帽子はかぶらないでと先生に言われ
帰るときに50メートルぐらいのまっすぐな道、Julieの
お見送りしてくれる先生
もうお店に戻って仕事してくれたらいいのに。。。
って思うJulie
角を曲がったとたんに手に持っていた帽子をかぶるんだって

腕もよく、見送りまでしてくれる散髪屋さんは、ちょっと遠い場所にあるとかで
たび公演があるなら、行ってもいいよといってくれた先生
来てもらったら高くつく・・・
往復の電車賃、アゴアシマクラつきになるからたいへん
世界的に活躍してるわけじゃないのに、日本の片隅でちょこっとしてるだけなんだから
角刈りは現地でやることにしたJulie

*その決断が
 たいへんなことになるとは、Julieも想像しなかったようで


<小倉の散髪屋体験記>
福岡にいる野球部の先輩に小倉で角刈りできるお店を紹介してもらった
3件のうちのひとつは地下のお店
その散髪屋さんは小倉はなんでもできないとって言っておきながら
シャンプーせずにはじめたので
ひとつめのがっかり
ここはまっすぐにして、ここは切らなくて、ここも切らなくてと注文したのに
薄い櫛を使ってることがもう短く切るようにしかできない
後ろは長めでしたねと言ってるそばからもう切っている
こっちと比べて切りすぎじゃないのとJulie
そろえますからと散髪屋さん
(ココロの中で アホってつぶやくJulie)

とにかく注文のように仕上がらないので 大騒ぎしたらしいJulie
舞台で照明があたったらどう見えるか確認するため
懐中電灯を貸してもらおうとしたらないと言われ
停電になったらどうするのと尋ねたら非常灯がつくようになっていますとか
もう少し厚い櫛はないのとかあれこれで
たいへんだった話
沢田で予約しているのにテレビにでていないから、ジュリーだということがバレてない
どこのひとがわからいのに
最初はあたりがよかったのに、髪を切ったとたん怒り出した客
まるでコントみたいなJulieの散髪屋体験記

笑いながら
Julieの体験記を聴いていたら、ひとり芝居「散髪屋」なんて音楽劇ができそうねなんて

そんな散髪屋で
長さがそろわないガタガタになった髪に毛染めをしてもらって
それで小倉をやったと言うJulie

「悪名」小倉初日のときに
そんなこととは知らず、まして角刈りがまだ見慣れていないせいで
まだ鑑賞3回目だから、
どこがどうへんなのかさえ気がつかずに観ていたけれど
河内音頭を歌うとき、声がでていないなぁ
どうしちゃったんだろうと ちょっと、かなしくなって

Julieが苦手な地下の
散髪屋さんで角刈りの仕上がりに、おまけに懐中電灯がないから
憤慨しちゃったせいだったのかしらね
やっぱり、大先生に来てもらったほうがよかったかなぁ
なんてあれこれだったのかしら
私にとってのほんとうの悪名初日の小倉前日、Julieのココロは大荒れだったとは。。。
でも声がイマイチだったのは河内音頭だけだったから
逆に東京公演をもっと重ねていたら、髪型も気になっていたかもしれないから
よかったのかも


<横浜 地元の散髪屋体験記>
タイガースのフアンだからと言って小倉で虎刈りにされて
小倉から横浜へ帰って、地元で髪の長さを整えたかったJulie
地元の散髪屋では、横の長さをバリカンで整えてもらって、髪の長さを普通って注文したら
やっぱり短くなりすぎた

<広島の散髪屋体験記>
頭のてっぺんをまっすぐにしたくて、細かく注文をしたのに、そこもだめで
シャンプーもせず
切らないでいい部分をいきなり切られた
ああいう職業のひとはハサミと櫛をもったら切りたがる
Julieの経験から
二度といくことはないけれど、まずはシュミレーションをさせなければと反省しつつ
今は、上手な大先生のところに行く途中だそう


*美容院も散髪屋さんも、腕はいろいろ
髪質の特徴や注文が多いひとは、自分の髪の特徴を知ってもらってるところ以外は
なかなか難しい、個人の感想だけど


<小倉と広島で散髪屋に行った理由>
小倉はいまだにそういう抗争があるというし、広島は、仁義なき戦いのところだし
角刈りをしているひとが多い地域だと思ったのに、広島でも角刈りの失敗、
小倉でも失敗、そんなJulieだったけれど

小倉鑑賞のとき
宿泊先から劇場に向かうとき、事故でもなさそうなのに
交番にパトカーが何台も集結していたのにはびっくりで翌日は前列に角刈り男子がいて、
角刈り越しに角刈りJulieを鑑賞できて小倉ならではの貴重な体験もできて
角刈りで あれこれたいへんな体験もしたJulieだけど
角刈り体験を
トークショーで話題にできてよかったじゃん
Julieの性格を知ってるひとなら、そのときの散髪屋の様子が目に浮かんだのでは?

かつらかぶろうとしたって、医龍の野口みたいな銀髪じゃねって
洋服を着てみたら何にも似合わないからこれにしようと朝やんふぁっしょんで
「散髪は大事やで」
散髪屋体験記を締めたJulieでした


多少のことは重く考えずに、
どうにでもなると思っていられる性質だからここまでやってやってこれたJulie

65歳なのに40ぐらいの若いひとを相手に
わいのこと嫌いか?
好き!(女子の声で)
そういうことを図々しくいつまでもやっていたらイカンと思っているJulie


「自分の好きな自分でいられるような状態」で
仕事がやっていけるようになってきた、テレビにでなくても生活ができるなんて
考えたこともなかったけれど
そういう方向に目をむけられたことがよかった

トークショーもそうだけど生のものが好き
お刺身が大好き
厚生省の基準がもとに戻って生レバーも生肉が食べたい
あくまでも「生が好き」なJulie


世の中にいろんな条例ができて
今日、新聞にでていたのは、大阪の戎橋で客引き禁止条例が市からだされて
そういうことを条例にしないといけない大阪なのかなぁと感じるJulie


原発のこと
30年後にはなくすと言っていたのに政権がかわってしまって・・・

オリンピックのこと
1964年に日本でやったときは発展途上にあって、それを気に環境が一変した
日本の高速道路は20年後はタダになると言ってたのに・・・

アメリカのフリーウェイはただ
サンフランシスコからロサンゼルスまで運転をすることになったとき
ルート66を走っていても標識がおおざっぱだから途中でわからなくなるけれど
カーブは少ないし迷うことはない

日本の高速道路はごちごちゃして出口がわからないこともあるけれど
オリンピックみたいなことをきっかけにライフラインもよくなるのといいのにと

<Julieの違和感なこと>
国がオリンプックのメダルの数を言ってること
マスコミ的、全国的にも応援されなくても世界一のスポーツもある
女子の硬式野球はアメリカをおさえて世界一だけれど
競技人口が少ないせいかあんまり報道されないことに違和感を覚える
メディアは新聞の購買数、テレビは視聴率
ラジオは聴を競っているからみんながとびつくことをやる
皆が同じことを報道するのに違和感がある

昔の歌番組はたくさんあって
歌う前や後にしゃべらせないいようスター扱いをしてくれた
「ザ・ベストテン」から
いろんなことを言わされやらされるようになった、
毎回いろんな質問されるから
面白いことを言わなくちゃと、来週はギンギンギラギラ一等賞を狙っているといったこともある
大川栄作さんにタンスまでかつがせたのは構成作家の秋元○さん
あのころは、もう少しましなことを考えてくるようになんて言っていてたのに
今は足もとにもおよばないそう



あと6年後、70歳を超えた自分に想いを馳せて
東京(富士の間)では、ほとんど動かないでやっていたら足ががくがくになった
今思い出したから動いておこうって、Badboyダンシング
などするJulie


<日々のJulieの様子>
寝るときは、何度も寝返りしたほうが丈夫だといい
できるときには二度寝も三寝も四度五度寝もするらしい
新聞とかに載ってるけれど夜中に何度もトイレに起きるのはJulieは普通のことだって

そんなときのJulieは起きたら必ず水を飲むそうで
目がさめたら眠れなくなるひとは、何かを食べたらいいと提案するJulie
食べてすぐ寝たら胃が荒れるなら胃薬を飲めばいいし、胃腸薬には必ず食欲不振って書いてある

どんな悲しいことがあっても食欲不振がないから
母が亡くなったときも 札幌ラーメンを食べていたと語るJulie

食欲がなくなると言う経験がないJulieのようだから
「食欲がなくなったら終わるとき」だそう
(まぁるいカーブの理由はそういうことだったのねと改めて)

この間テレビでゴッドファーザーをやっていたので観ていたら
アルパチーノが糖尿病
糖尿は痩せるらしい、コワイねと言いながら糖尿じゃないってことで安心のJulie
ガンになったら痩せるらいしいからガンじゃない
Julieなりに、まぁるいカーブは健康の証みたいに思ってるようで

(まぁるいカーブなのに)こんな人気でてどうすんの?
ワーとかキャーとか言われるのも仕方ない?自分で言うのもなんだけど昔はキレイだったから


CSで放送されていた同棲時代を観てしまったと言うJulie
あのころは凄かったね、
サソリの梶芽衣子さんとやっていた、あの時はまだやっていなかったかな
陽のあたる場所っていうのもやったと当時の記憶を辿るJulie

同棲時代のキレイだったころのJulie
窓際のヒヤシンスの球根をじぃっとみつめる後ろ姿、足元が可愛かった
悪名でも、そんな可愛いJulieの足の裏が拝見できるけど


僕は今でも関西の人間だと思っているけれど、関東の暮らしのほうが長くなっている
昔は夜行列車で行くみたいなことだったけれど新幹線や飛行機で日帰りが可能になって便利になったから
今は距離を感じないですむことが気休めになっている
のぞみのようなスピードで移動することは知らない間に身体に負担をかけているのかなと


<Julieが思う地球を支えているひと>
いつもなんだか得したことはないなぁ、損したかナァって思っていても、人生そんなものかなぁ
いろんなことをのみ込んで毎日を一生懸命働いているひとたちが
この地球をささえているんだと思う、それぞれの国でそういうひとが支えている
いろんなことをのみこんで、文句も言わず、ときどきプツンと切れて
そのことさえも思い直して
次の日は新しい気持ちでやろうと思って頑張っているひとたちが支えている
でもだんだんそういうひとたちが少なくなっていく


照明さんの15分前の合図から、ずいぶん経ったようなころに
着物の懐に手を入れ、口で擬音などつけて嬉しそうに腕時計を登場させ時間を確かめるJulie
昨年神戸のトークショーで
これ手巻きなのって自慢げに見せてくれた時計かな?
「ほら~ 過ぎてるやん」ってことで締めのご挨拶

7月からのコンサートで大阪へは二度と二度も来ます二度もまいりますと
二度も大阪へ歌いに来ることをしっかり客席に報告



おしゃべりする前に
さらし巻いて着流しに兵児帯をかた結びしたお姿で、裾の乱れも気にすることなく
いきなり ジャンプなお姿のJulie
まぁるいカーブの前と、憂いを滲ませる背中に看板つけてないから
栃木のつづき?って思うほど、えらく高く跳んで
ちゃんと 白いパッチはいててよかった!


着流しに黄色い腕輪がイキイキと して白魚指先 大活躍
最初はマイクを左に持って途中からは右手に持って左の指先も白魚のようにイキイキ
あんまり楽しい時間で延長もしてくれて


♪櫻舗道♪(作詞:沢田研二/作曲:下山淳)のイントロに
いつものようにマイクを口元へ
 そして寸止めでフェイント効かせた後は、 歌わないトークショーなんだから歌うわけないじゃんって
ココロの中でつぶやいて、お辞儀をして
俯き加減で、可笑しくてな表情で小刻みにふるえるJulieの背中だった?
Julieの左肩にそっと手をふれたら、ちっちゃな振動が感じとれたのかもね
 そんな様子で下手袖のカーテンの中へ、きえたJulie


Julieの言葉にも登場した胃薬
ちょっと調子悪くって宿泊先でもらった整腸剤をデザートのあとに飲もうとしたのに
タイミングが遅れて、Julieのおしゃべりが終わってから飲んでいたら
そんな後ろ姿に気付け薬なの?って思ったひともいたようだけど
何はともあれ
Julieのパントマイムつき散髪屋さんの体験記が面白かった孔雀の間でした


孔雀の間から我が家のキッチンにきたテーブルフラワー
のんびり余韻に浸っていたら真っ赤なバラとハナミズキ色のカーネーション一輪だけになって


ハナミズキ色のカーネーションに 母の日を思い 孔雀の間の客席を思い

5月11日


追記 5月12日

角刈りにリュックサックしょったら帽子はセットのJulieだけど
今日は風が強いから帽子はやめて黄色いのしょって繁華街をてくてくしてスーパーヘ
いろんなお店の宣伝してるサンドイッチマンあっちにそっちに
看板しよってるひとはいないけど、プラカードみたいな看板持って
ついついBadboyの朝やん思い出したり
帰りに、ガラズ越しに櫛とバリカンの光景が 目にとびこんで
繁華街にある床屋さん、店内がガラス越しに見えて、ちょうど てっぺんに櫛がいてバリカンもいて
朝やんは現地 ふたつも 櫛とハサミが失敗つづきで大先生みたいな仕上がりにならなくて
地元で 
長さだけそろえたようだけど、そこは バリカンで
窓越しに目がすいよせられたのは、ぶ厚い櫛と バリカンと 床屋さんの指先だけ
座って鏡をまじまじみつめてるひとは スポーツ刈り?角刈り?どっちだったのかなぁ

キッチンで夕飯の仕度しながらハナミズキ色のカーネーション見てたら
地元の床屋さんの風景とJulieから聴いた地元の床屋さんの風景が重なって



孔雀の間でJulieの散髪屋体験記を一緒に聴いていたパープルのカーネーション
もうキッチンにいないのに、まだ気持ちだけいるみたい



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