2013 沢田研二 トークショー 帝国ホテル大阪 『タイガースのここだけの噺を一席』 噺家さんみたいなJulieがタイガースのここだけの噺を若葉のころにしてくれて 9月には横浜でもおしゃべりしてくれるので大阪の電話予約も参加しなかったけれど 1週間前に行かれなくなった方がいたとかで めぐりめぐってお誘いがあったので孔雀の間に行くことになって 2012年8月5日 8月7日(水)晴れ 帝国ホテル大阪 孔雀の間 ディナー18:00~19:00 トークショー19:15~20:50 暦では立秋なのに猛暑で大阪の予報は35度、お花にお水あげてるだけで 汗がじわじわと朝からあっぢ 午後からゆっくりの出発でもよかったのに午前の出発にして新幹線でのんびり大阪へ向かって 急遽だったから?、夏休みの時期だから?平日なのに座席も窓側は3人掛けしか取れなくて 何の理由だかわからないけど6分遅れで到着したのぞみに乗って 出張らしきサラリーマン風な男子と並んで 3人時間差でお弁当ひろげるのもちょっと可笑しく お腹をみたしたあとは車窓ながめることもなくJulieの曲聴きながらすやすや 早めにホテルにチェックインして 空調ON、OFFにしながら程よい加減にして今夜のために?お昼寝2時間もして そろそろでかける準備しなくちゃってプチおめかしなどして 1年ぶりの孔雀の間にはまだ時間が早いので おしゃべりしたりパチリしたり 昨年と違うのは 私の背丈より大きな 関西テレビからのお花が届いていたり ウエルカムドリンク いつものシャンパンで乾杯して 係りのひとに案内され、テーブル席につく テーブルフラワーは昨年と似たグリーンを基調としたお花 新しいデジカメ 設定ちゃんとしてなくて半分くっきり半分ぼ~ まぁるいテーブル席 あら~昨年はどうもだったり 知ってる方々だったりそうじゃなかったり カンパリソーダ、ビール、オレンジジュースで並んで乾杯したり 同じテーブル、昨年はひとつ空席、急遽参加できずにチケットは記念にされた方もいて 今年は、参加できなくなった方がいたので急遽参加することになったり あれこれおしゃべりしているうちに お料理も運ばれて モザイク模様に仕上げたタスマニアトラウトと野菜 ハーブサラダ添え 赤ピーマンのソース お酒は軽めにスパークリングワインなど添えたりしながら ポテトのクリームポタージュ パルマンティエ風 お肉バージョンはじっくり焼いた牛フィレ肉のローストと季節の野菜 お魚バージョン 魚はなんだっけ確認するの忘れちゃった 隣の方に 話しかけてみたら あら そう だったり タイガース 小学生だったからとか 東京の帝国ホテルで配布されたJulieのトークショー20周年記念の アコーディオンのようなじゃばらのようなJulieのトークショー20年史ほしかったわなんて あれこれ話も弾んでいるうちに そろそろディナーも締めのデザートの時間 若葉の頃の富士の間で 出遅れちゃったので行列になって デザートいただく前にJulie登場しちゃったから、学習したので早めに席をたって Julieのおしゃべり始まる前に間に合ったデザートの時間 パッションとマンゴーのムース バナナ香るアングレーズンソースとフレッシュフルーツ添え 今年はコーヒーも冷めないうちに味わってJulieのおしゃべり聴くココロの準備などして 和光で、トークショーみたいにおしゃべりが弾んだJulieを高台の席から見下ろしたけれど 4日ぶりのJulie どんなかなぁなんて思い描き、暗転の中Julie待ち ♪Fridays Voice♪が流れる中 下手袖のカーテンから登場のJulie 向こう側に向かうJulie横顔を目で追い、こっちに向かってくるJulieをまっすぐみつめて そして、どこへ向かうの?なんて後ろ姿のJulieを目で追い ステージ後方のカーテンに向かって こちらに両手を添えたお尻むけたりして 大阪ならではのご挨拶なJulie カーテンのデザインはシンプルだったけれど、 いろんな色の照明が Julieの話題がいったりきたりするタイミング?に合わせたみたいに キレイな色につぎつぎかわるカーテン 若葉の季節には どこかに吸い込まれるように立ち位置の移動したりもあったけれど 真夏の立ち位置は ちょっぴり前方に移動もあったりしながら 最後列7列目、真中の テーブル席の方々の吸引力が強かったのかしらね 若葉の季節に 遠く端っこからみつめたときに 富士の間でのトークショー20周年のために散髪してくるのかと思ったら まだ探偵さんつづいていたから?長めの髪型で かたすかしだったけれど 真夏の孔雀の間 和光のときより、すっきりになって散髪してきたみたい Julieの髪 、短めが好きなひとには程よい長さで自然なグラデーションな色合いもいい感じで ついでに白いお髭も 短くなって お髭は長いのが見たかったのに残念、多くのひととは反対の天邪鬼なひともいて 真夏の空調が程よい加減の孔雀の間での おしゃべり会の衣裳は お正月コンサートで「気持ちがひとつになりました」って 大発表をした2着目の衣裳(スポーツ紙より) 最初の噺は 部屋の窓から眺めていた大阪の猛暑の夕暮れな風景を報告するJulie 遠く向こうに生駒山の稜線をみつめ、 背の高いビル群は なにやら猛暑の影響で霞んで見え そんなときに 窓のすぐ上空をおっきな飛行機が飛んできて 傘もささんと ずぅっと飛んでいるから、暑いだろうね飛行機もって 飛行機に感情移入などするJulieに 大津のホテルで窓を眺めてる時に、おっきな鳥が くるくる輪を描きながら飛ぶ姿に 鳥さんに感情移入などしちゃった自分など思い出し 妙に可笑しくて 噺は空から陸に移り Julieがおさんぽなどしているときにみかける風景 あっぢなときは地面の照り返しの熱が凄いから あっぢな中、散歩させられているワンちゃんの気持ちになったり 足が短いワンちゃんだと地面に近いから かわいそうって もうちょっと日が暮れてから散歩すればいいのに 自分の都合だけじゃなくて ワンちゃんのことも考えてあげたらいいのにねって 夕暮れさんぽは涼しくっていいけど 蚊がいっぱいで 先日も、 Julieの除虫菊の話を思い出しながら 足元によってくる蚊を追い払いながら 猫ちゃんに感情移入などしながら 近所の緑につつまれた散歩してたけれど 今年は梅雨明けも早くて 降ってほしい所には降らなくて この先を心配するJulie 今日は立秋なのに 今週末は暑さがピークになるそう 今日は暑いので、 しばらくこの中にいて 涼んでいただいて 寝る方は寝ていただいて。。。。 Julieからみつめた客席に すでに寝ていたひともいたのかしら? タイガースの噺を楽しみにして集ったひとは いつタイガースのことおしゃべりしてくれるの?って客席の雰囲気だったのかしら そんな客席に タイガースは勝ってると報告するJulieに 阪神好きなひとは それはよかった!なんてだったり カープ好きなひとは 違う思いだったり 広島原爆の日の昨日 マツダスタジアムで行われたピースナイターのこと 吉川晃司さんが始球式で速いボールを投げた場面はワイドショーで見たけれど 5回裏で「イマジン」を歌った場面は見ていないけれど Julieは見ていた様子 広島にとって特別な日に 被爆2世である吉川晃司さんが平和の願いを世界に届けたいってことで 「イマジン」を歌って 式典にふさわしい自分の曲はなかったのかなぁ って思うJulieでした 昨日はNHKで 原爆記念日の式典を放送したため あまちゃんの放送時間が遅れたと ああいう式典のあとに じぇじぇじぇなんて言っていていいの?なんて 思いながら見ていた様子のJulie 朝ドラ 数十年前は録画してまで見た朝ドラもあったけれど 最近は見る習慣がなくて 出演者や内容によって見たり見なかったりだから へぇ~だったけど 客席の反応を素早く察知したJulie この話は早々にやめるって言っておきながら 出演俳優の古田新太さんが気になってるみたい 収録もすんだことまで知ってるようで、Julieの思い描くドラマの結末だったらいいのにね ドラマよりドキュメンタリー派なひとはJulieの話題についていけなかったけれど 何はともあれ Julieの朝は朝ドラ鑑賞から始まる日常 だってこと教えてくれて 最近は8時前には目が覚めるんだって 寝ていようと思っても寝ていられないそうで 今日も大阪へ向かう前に 朝から 洗濯してきたんだって あまちゃん見たあとに カンカン照りの場所に洗濯物干しにいったそうで 汗がたらたらで その雫で洗濯物が濡れちゃいそうだって 首にタオル?の手ぬぐいが 汗の雫でだんだん重くなっていくから 痩せたかなぁって(少しは期待などするJulieなの?) ヘルスメーターにのったって大した違いはないというオチでした 65歳になるまで、 お客さんの前でしゃべったり歌ったりしているとは想像もしていなかったけれど けして安くはない、歌ったりしない いきあたりばったりでしゃべるだけのトークショーに こんなに歳をとったのに、 来ていただいて妙な気分だと言うJulie 基礎年金は もらう手続きもすませたようで ニュース等で高齢者って聞くと すぐに反応しちゃうJulieみたい 高齢者って言葉に ふっと我にかえったりするけれど、よく聞くと75歳以上の高齢者のことだったり 団塊の世代に生まれたことについて 中学のときには46人のクラスで16クラスもあったそう 就職のときも進学のときも 何をするにも人数が多くて競争率が高くて大変って言われたけれど 当事者のJulieは仕方のないこととしてとらえていたみたい 人数が多い分、 この世界でもまだ頑張ってるひとが多い 僕らの世代のひとは ひとと比べることなく、あれこれ試行錯誤しながら 現実と折り合いをつけてやってきて現在がある 正直なところ この年になって、もういいかなと思ったりもするけれど 僕の場合は ほっとかれない性質らしくて、 めんどうみてあげるっていうことではなく 誰の下にもつかないし、誰かを弟分とかにすることも嫌だし よくここまできたという実感がある そのときそのときに 悩んで食欲がなくなることもなく 悩み過ぎてうつになることもなく いまだにこうして すくすくと育っているという Julieに そうそう、こういうJulieみたいに逞しいココロにならなくちゃねって 斜め40度のJulieをみつめていたら なによりもって 何を言うのかと思ったら こんだけ毎日暑いから 家の中では海パンいっちょなJulieなんだって そんなJulieの言葉に 思わずケイタイの待ち受けにしてる デカパンひとつのカエルくんを思い浮かべちゃったひとは可笑しくて可笑しくて。。。。 なんの話題だったか忘れたけれど 斜めな角度から 我が家のお花の好きなおじさんみたいに目をまんまるくしたJulieだったっけ 冷房はなるべくつけないように、 換気はちゃんとして、水分もちゃんととるようにして、ときどきは塩分もとらなくちゃって 熱中症対策は万全なJulie 一緒に住んでる猫ちゃんのこと Julieがあまちゃんを一日になんども見ている横で 寝ているそう 暑いからクーラーつけると 部屋からでていくそうで 外出するとき クーラー消していくと ちゃんと部屋に戻って 寝ているんだって Julieと一緒に住んでる猫ちゃん 飼い主に似て自然な空調がお気に入りなのね 猫ちゃんのお気に入りな温度と 汗かいて洗濯物が増えないようにJulieが耐えられる温度と 折り合いをつけながら日々暮らしているJulieなのね Julieが子供の頃は 毎日着替えをさせてもらえなかった時代だったそう 夏場以外秋とか冬とか春は二日間同じもの着ていたんだって まだ洗濯機が家庭にない時代のこと 大きなタライで洗濯板を使って洗濯をしていた時代を知ってる世代のひとは そうそうって そんな時代に育ったけれど 潔癖症だったから たいへんだったひともいて テレビ番組で中近東やトルコに行ったときのこと 動物が歩き回ってる場所で、地べたに置いた物を食べたとき 幼いころにお母さんに言われたこと 落ちた物を食べても死なないから大丈夫って そんな言葉を思い出しながら 我慢して食べたんだって 当時テレビでその光景を見ていて いろんなこと変わろうとしているJulieなのねって思ったけれど トルコの首都はどこだか知ってる?って 客席からアンマンって トークショーでは珍しい光景だった! 今年のお正月 メモ紙をどこのぽっけにしまったか忘却のJulieに 後ろ 後ろ って Julieに聴こえる距離で 声をだして言っちゃったことなど思い出したり そこで あんまん売ってるわけじゃなくて。。。。 向こうには 餡がなくて小豆みたいなものがないの なんて笑わせておきながら 真面目な顔して それはおいておくJulieで 笑いがとまらなくて困っちゃったけど 噺は食べ物から燃料にかわって ストーブの燃料、動物のおとしもので作る燃料は アンモニアが 部屋に充満(ジュウマン)して さっき おいておいたアンマンが ここで Julieは臭いが苦手だから たいへんだったそう Julieが行った外国の中で トルコのパンが一番美味しかったそう いい小麦がつくれるところだからだそう こういう国のひとは 雑菌とか、ばい菌に抵抗力があるけれど 今の日本人は抵抗力、免疫力がないって ちっちゃいころから 潔癖症だったひとは絶対そういうところへは行けないけどって テレビの中のJulieを思い浮かべて。。。 ウイルスの噺から コンピューターのウイルスまで噺がとんで 沖縄の道路が本土と同じ右側通行になる日 Julieは 那覇市民会館でコンサートがあったそう その当時は 事故が多発すると予想されていたのに事故は少なかったと聞いていた つい最近、事故が多かったと語るひともいて そういう言葉が 既成事実として残っていくのかなって 新しくなったフェスティバルホールのこと 新しく作り替えるときには 前と同じように作り替えてくれたらいいのにって ステージは まだ音と馴染んでいないところがあるそうで 何回か ステージをやってみないとわからないって 楽屋が 立派になったけれど使い勝手が悪いとか 水道が自動で熱を感知して出るようになっていて じゃぶじゃぶタオルを洗いたいのに ずぅっと手をだしていないとならなくて 困った困ったと思っていたJulie あとから聞いたら 下の方に自動を解除するスィッチがあることが判明して 困ったことは ひとつ解決したそうでよかった! エントランスも すごく立派になって僕の色紙も飾ってあるそうだけど 世界で一番好きなホールって、まだやっていないのに決めつけて書いた いずれ そうなるだろうと想像することも、ときには必要 あと何回かステージをやってみて ダメな場合は 、色紙を取り外してもらえばいいと思うJulie 人間の社会は戦うことが好き、 戦わなくてもやっていけるJulie ひとと戦うことはある時期にしか可能にならない 過去にひとの上に立つことをやってきたから言えることかもしれない 自分で望んでそうなったかもしれないけれど 人も望んでそうなった 望まれなくなったときにどうするのか 先手必勝じゃなく 「逆もまた真なり」 って 言葉が大好きだった それを言いたくて仕方ない時期があったけれど 誰も書いてくれなかったから 自然と消えて行った 『タイガースの噺』 みんなと仲良くやって月に一度会っている メンバーと会うときは 親しき仲にも礼儀ありだから 「どうも」って挨拶するそう あれこれPのトークショーのことを心配するJulie 自分のトークショー 一応何を言おうか考えてくるけれど いつも本線から外れてしまう 汗だくになってやっている姿が なんやの あのおっちゃんって感じになって おっちゃんじゃなくじいさんですけど 僕がじいさんなら みなさんもおばあさんになってしまう 僕もおっちゃんにしておくので みなさんもおばさんでいいわけですから そうそう、一生懸命おしゃべりするJulieの額から いつだったかココにシミがなんて人差し指をしたあたりに ひと粒 ふたつ粒 冷房対策にストール準備していたけれど程よい空調だったから ジャケットのボタンきっちりとめてるJulieは 冷や汗じゃなく 銀の雫 自分で自分のことを信じられるか 自分を信じられれば他人も信じられるのでは 『サリーのこと』 井上バンドをやめたときに大変だった 役者でやっていこうと思った時にいろんなこと言われたりしたんだろうと想像するけれど 30数年やってきて 自分を信じられるようになってきたんじゃないかと 人からも頼りにされたり サリーの場合は わき役としてやっていくのが本分だから、いろんなものに同時に出演できる なんで?あまちゃんにはでていないのって思うJulie 役者の仕事は 仕事が来るのを待つ 『Julieの場合は』 逆で自分で仕事をつくった テレビ局やどこかの会社が応援してくれるわけじゃないけれど その必要もない 一緒に会社をやってくれるひとたちがコンサートに関して力を発揮できる人たちだった 沢田研二は豪華で華やかでという思いが あったようだけど そういうことを いつまでも思っていると僕らだけがそう思うんであって 世間からそう思われなくなるときがきっと来るだろうし すでにそうかもしれないし それが悪いことでもない 営業的には けしていいことではないけれど その中でもやっていける方法をみつけることが一番必要なことではないのかな その中で一番たいへんなのは 人件費だと その責任は僕がとるからとバンドを削ることになった 僕が歌えればいい 最初はキーボードをなくていいと思ったけれど ♪ヤマトより愛をこめて♪を カズさんのギターでやったこともあるけれど、これでずぅっとやるのかなぁと感じたり そのうちにピアノの音がほしいと思った 次はベース 僕が出会ったベースのひとは押しが強かった ベースがいなくなったら キーボードがベースのパートも弾く ドアーズみたいでかっこええやん!って 孔雀の間で 反応するひとも、そうでないひとも そんな反応ない客席に、全然わからないですかっていうJulie バンドを削ること、それも時間をかけてやってきた 『Pのこと』 ここだけの話はおいておいて 先生は2回倒れているから 今すぐ悪いわけじゃないけれどドラムの担当はたいへん たたいてる最中に3回目がきたら恐ろしい 曲を決めたタロー君も Pの体調を考えて決めたようで激しい曲がない あら、つまんないなんて思ったら ネタばらししちゃダメだけどって 僕が構成を考えたら 激しい曲を入れたくなるけれど、ここで続けたくなったりしても 先生、 ここで終わったら ワンツウスリーっていうところ 次 なんだったかなぁになるかもと(Pのマネ) Pの体調の心配もするJulie 身体のことは で~んと構えていないとダメ Pは身体のことがあるから早くタイガースをやりたいそうで 何で12月まで待たされるんだろうって Kが某週刊誌に 沢田のスケジュールの都合だかららしいよって そうじゃなくて そういう時期じゃないと会場があかないってことを知らない こういう業界でやってきて そういうことが得意なひとたちとやってきたからわかる 暑い時期にやって練習に行くだけで脳梗塞になったらたいへん 『Kのこと』 先日は僕が正論を言ってKを落ち込ませてしまった そこまで言われたらって・・・ K そこまで言ったつもりはないけど・・・J 客席に 話が読めないでしよってJulie 和光LIVEでのMCを聴いてるひとしかわからないかもね 客席の反応に 話は読めないけど あのかつみとは何かがあったのね、いつも何かあるのね って 客席の気持ちを代弁するJulie ここでJulieのほんとうの気持ち 僕ね、昨年タイガースをやっていたら思い通りの人生だった 思い通り以上、 想像もしない予定通り 予定通り行かなかった理由は 40年以上この世界から離れていたPを説得するのが一番たいへんだと思っていた もともと頑ななタイプだから Julieが60歳になる前に 亡くなった中井さんがもうそろそろだねってことで動き出した K会ったりPと会ったり 僕の渋谷公会堂の楽屋にも来てくれていた そのころから 内臓や頭に転移していて容態はよくなかった 中井さんは身体のことがあるから Julieたちの予定より早くやる方向に進めていたんだって タイガースをやる前に 手術をしたそうで先生を紹介したのがKだったそう 中井さんのお見舞い行くとき みんなで集まって食事したりしていた そのときにはメンバー全員いたので 話はすぐまとまると思った ひとりひとり会うとたいへんだから PとKと Julieと3人で会った そのころテレビドラマで竜馬伝をやっていて、 あれこれドラマの登場人物のことなどばかり話してテレビを見ながら全然話を聴いていないK Kが僕は大阪じゃなく出身は鹿児島だと (Julieは初めて知ったようで驚きの声) Pは歌舞伎の市〇右〇は僕の教え子だとか、書いた書物を薦めたり ちっとも話が進まない Pが作った歌「老虎再来」を聴いてもらったら こんなの売れないと誰かが言ったり そのうちPが機嫌悪くなったり Julieが ゲスト3人でやったときの経験談を話てもKには通じなかったそう Julie方式でやって 全国どこも満員だったと言っても、宣伝をしなくちゃとか もっと人をまきこんでとか 昔のタイガースのまんまのやり方をしたい誰か 昔みたいに ザ・タイガースって書いてある文字がステージに必要という Julieの考え方は 観にきてくれる人たちは想像力があるから僕らの姿を観たら文字が見えてくる ずぅっとその看板の文字を観るわけではなく K、P、T、僕、メンバーひとりひとりを 観るわけだから Sは あんまり見られないかもしれないけどって 時間が止まってるひとと タイガース終わってからもこの世界の表でやってきたひとと 話がまとまるはずもなく 3人の話し合いはなんだかなぁで終わったもようで 翌日PからJにメールが届いて 誰かがどこそこのひとと勝手に動き出して六本木あたりで タイガースをやるって公言してるとか それを受けて 勝手に行動をしないように Jが Kにメールをしたら 第1回目の「俺は降りる」 その後 粘り強くメールしたり電話したり やっと電話にでたと思ったら 何度も電話くれて悪かったね・・・K 今大丈夫なの・・・J J曰く カラカラとぷぅ~の音が電話の向こうから グラスの中の氷が揺れる音 タバコの煙をぷぅ~ってはきだす仕草 誰かの形態模写をしているJを 探偵さん役の新太郎さんだと思って?そんな新太郎さんはありえないじゃん と、思いながらも楽しく拝見させていただいて ダンス喫茶田園で モンキーダンスを踊っている少年の研ちゃんを再現してくれて ぼうやもやったり歌も歌ったりダンスも踊ったり そんな時代の噺 『Jの遠い記憶』 PとSとTが僕を誘いにきた Jの記憶には3人だけしか登場しないけど 『Kの遠い記憶』 俺もいた、 俺はね沢田が、何を着れば似合うか、どういう歌がいいか いつも考えていた 電話口の向こうの言葉に Jの頭の中には おっきなおっきな吹き出しがでたそうで そしてJの耳に、カラカラとぷぅ~の音 CMのこと ダメになったそうで 僕のコンサートは 会場によって原発反対の署名があったりするから 業界的には喜ばれることではない いい悪いでやってるわけではなく、やりたいからやっている 武道館では署名活動はできないそう そういうことを やっている人間がメンバーにいるのが好ましく思われない だから 僕たちのやり方でやって うまくいったら 喜ぶ人は 僕たちと観にきてくれるひとと ナンパーセントかが喜んでくれる それで充分と考えるJulie 日本中のひとが 僕のことを知ってくれて好きになってくれることを 望むことのほうが大間違いだと思う CMの話も Kからはダメになったと報告はないので Kが言うまでは 僕らも オトナの対応をすることにしている そんなこんな ちっとも仲がよくないのね 気持ちがひとつになったと1月に言ったじゃない って 思われるでしょうが コンサートをやることに関しては気持ちがひとつになっている 誰が一番やりたがってるかと言えば K、P、T、Jの順、 Sは できることならこないだので充分だって カラカラとぷぅ~の4回目か5回目のときに Jのガマンの限界が 超えたようで ここでは言えないようなことを言ったんだって 僕が言うことだから そんなにひどいことは言ってないけれど ここで第2回目の「俺は降りる」 Kがいなくてもマスコミや一般のひとはタイガースと思う タイガースを知ってるひとはKがいないとタイガースにはならない 観る側のひとも好き嫌いがあるから くんちゃんは 4人でもタイガースって言ってくれる 若い頃よく泊まりにいったときに くんちゃんは朝ごはんの納豆に砂糖を入れる 国際フォーラムのゲスト3人のときに凄く喜んでくれたから タイガース初日の武道館には くんちゃんを招待することになっている(メンバー5人が意見一致でよかった!) ゲスト3人で1年間各地をまわって 翌年 武道館で無事に終えて 節分を区切りにして(日本人だから)いるJulieだから あらたな気持ちで電話作戦をした 最後の武道館で タイガースは必ずやると言ったJulie Sの話によると お父さんはなんで出ないのと子供たちから言われたKだそう 電話して 自分が失礼なことを言ったので謝ったJ 自分が悪かったと謝った 偉いわけでもないけど ただココロが凄く偉かったけどとJ 謝ることはエネルギーがいること 会ってほしいと言ってKに会ってもらった それでもう1回謝ったJ それが某週刊誌にでていた きっちりあやまってくれたから何のわだかまりもない・・・K 僕が凄いエネルギーを使って謝ったのに 僕も悪かったのひとことがKからもらえていないけれど そのときの話で5人だけでやると言ったら もちろんだよとK(KのマネするJ) JとKふたりが唯一合致した部分 そのときに オリジナルメンバーで やるにはどうすればいいか考えてほしいと Kに託した そしたら箇条書きに書いてきた <1>昔の友達にもどる 他のメンバーは 問題ないけど Kがぷぅ~で不在のときに、T曰く、これはわざわざ書くことかなぁって <2>衣裳は僕がデザインする(みんなと相談しながら) ここでJが ちょっと言ってしまったTシャツのデザインの依頼 想定外だったKの反応 やってみようかな(JはKの形態模写が上手で) そして 頼んだら 遅くて遅くて。。。。 元ザ・タイガースで Kは11月まで夢のコンサートで忙しいらしい もうザ・タイガースやるんだから元をとったほうがいいんじゃないのと 思うJulie Kが考えてきたデザインが 想像もつかないと思いますがとJが言うからどんなだろうって 5人が白塗りの殿様みたいなんだって Kに エスコートするからとすすめられたときのこと メンバーに気がつかれないように 沢田って 小さな声で手招きするK Kがネットで調べた 痩せる場所の資料をこっそり手渡してくれたそう 資料を隠したって 僕のこれ(まかるいカーブ)は隠れないのにって Julieったら まぁるいカーブでいっぱい笑いをとって Kがくれた資料が 印刷が鮮明じゃないからすぐにケイタイで調べたJulie こんなのやるわけないじゃんって 僕はそういう主義じゃないと断ったそうだけど どういう主義?と自分でツッコミなど入れて タイガースをやるから痩せてきたのねって思われるほうが悔しいJ どうなたって僕らはタイガース こうなったほうがタイガース ゲスト3人のときに この中で一番イメージを壊してるのは僕って言ったけれど 壊しているからみんながでやすい 僕が昔とかわらない状態でいたら、みんな近寄りがたくて Sなんて 寄ってこないから 「沢田さん」なんて言い出すかもよって Tシャツのデザインの件にもどって 誰か一人が嫌と言ったらやめようという決まり さっきから言ってるけれど SもTもJも これはいいとは言えない 今までのCMの話もしながら 誰か一人でも嫌だと思う人がいたらやめようって決まりだと とくとくとJが説明したら そこまで言われたんだったら・・・・K ここでJの自戒 僕が一生懸命しゃべると、こういうことになるんだと 次回からは だまっていようと肝に命じたそう その件はTがひきとって 白塗りみたいなデザインじゃなく 片側が影になって顔がはっきり見えない方がいいんじゃないの・・・J もっと顔がはっきりしたほうが・・・T そんなこんなのTシャツのデザイン 4パターン作ってもらって決めることになったそう タイガースのTシャツ 武道館の初日にグッズ売り場で目にすることになるのかな 購入するときに Julieが報告してくれたこと蘇っちゃいそう 「そこまで言われたんだったら」 この言葉に 気持ちが重くなったJ 翌日のコンサートで そのことをちょこっと話したら スッキリしたって 子供みたいな嬉しそうな表情のJ Jの愚痴は いつも私たちが摘み取ってあげているのね 和光のときは たまりにたまった鬱憤をはらすようなおしゃべりだったものね 特急列車で走ってる勢いだったから タイガースが始まるまで ソロのコンサートがたくさんあるから ストレス発散できて いいかもね 京セラドームは 関西テレビが関わってくれて番組のひとつとして取り上げてくれるそう ピーの取材で中国にもいくそう 締めの言葉は 私たちが帰る時間に雨が降らないように 家に帰りついてから雨が降って涼しくなること祈ってくれたJulieでした いきあたりばったりのお噺なのに 1時間30分きっちり定刻通りに締めて 4日前の和光で、たまっていた鬱憤を晴らしたせいか 口の角に白い泡をつくることもなく、ゆったりまったりなしゃべり方のJulieだったかな ♪Pray~神の与え賜いし♪のイントロでマイクを口元に 今にも歌いそうな素振りで お辞儀をして下手袖のカーテンの中へきえていったJulieでした 8月14日 TOP |