<2011年>
沢田研二 音楽劇 探偵〜哀しきチェイサー


佐野市文化会館
3月10日〜3月11日(1/3公演)

沢田研二(花山新太郎)
高泉淳子(友永麻里亜)
冨岡 弘(村岡兵庫県警本部長)
若杉宏二(鉄夫)
すわ親治(滝本)
野田晋市(吾郎)
有馬自由(中川監察官)
小椋あずき(ママ)
小飯塚貴世江(アキラ・警察官)
宴堂裕子(本城登美子)
東風万智子(直子)


作・演出/マキノノゾミ
音楽/coba
振付/南流石
演奏/久保祐子


第一幕
M1「警察歌」
M2「探偵(哀しきチェイサー)」
M3「さよならのマリー」
M4「サイレンは鳴っている」
M5「フラレ男のヨーデル」
M6「鎮魂」

第二幕
M7「兄ごころ」
M8「酒場の夜に」
M9「探偵(哀しきチェイサー)」(リプライズ)
M10「殺人事件」
M11「探偵(哀しきチェイサー)」  


“探偵〜哀しきチェイサー”
舞台は1998年の神戸。元町のバー「フェアウェル」のマスター兼私立探偵の花山新太郎
(沢田研二)は輸入業者の友永麻里亜から娘の自殺事件の調査を依頼される。
1978年8月に発売された沢田研二のアルバム“今度は、華麗な宴にどうぞ。”の収録曲、
阿久 悠/作詞 ・ 大野 克夫/作曲 「探偵〜哀しきチェイサー」をモチーフに描かれた
2009年の舞台の再演

あまり売れなかったがなぜか愛しい歌 by 阿久悠



◇2.11
2009年は大阪初日〜東京千秋楽まで26公演中10公演を観劇
今年は全国7箇所で42公演開催される
現在、手元にあるのは昨年札幌に行ったさい衝動買いしたチケット2枚
東京公演含めてあと何箇所行かれるかなぁ


◇2.13
お稽古始まる
台本はブルーで顔合わせと本読み、おまけの飲み会も〜

◇2.14
立ち稽古スタート、新太郎さんはチョコもらったかしら

◇2.15
探偵チケット第1弾届く

◇2.17
探偵チケット第2弾、澤會からブルーの封筒2通到着、これで3、4、5月までそろって
各場面の振り付けも完了、いい汗流した?後のビールは美味しかったかしら
 
◇2.21
2011年のトークショーのお題オフィシャルにて発表される
「ザ・タイガース 君だけに愛をとはとわに ああ 花の首飾りとは」

◇2.23
トークショーのお題でJulieモード上昇
昨年澤會に申込んでいなかった公演の探偵さん観劇チケット追加購入

◇2.25
瞳みのる「ロング・グッバイ」発売(横浜の書店にて残り1冊をゲット)
同日、如水会館にて出版記念パーティーが開催される(発起人/沢田研二・岸部一徳・森本太郎他)

◇2.28
帝国ホテル大阪のトークショー無事行かれることに、電話が繋がった友に感謝!
瞳みのるオフィシャルにて
元ザ・タイガースメンバー瞳みのる・沢田研二・岸部一徳・森本太郎4人並んでの記念写真が公開された 

◇3.1
お稽古はお休み

◇3.3
ヨットの帆のカタチした地元ホテルにお泊りで雛祭り
飲んだワインがバレリーナでおまけがシロクマさんで、ついつい誰かさんを想う〜
佐野の初日まで1週間、誰かさんはマイクをつけて通しでお稽古したもよう


◇3.6
稽古場での練習も終了
今回の再演、配役もセリフも役者さんの動きも初演のときとは違うみたいで佐野公演が楽しみ

◇3.8
近所を散歩中にぽっかり浮かぶ雲の写真を撮ったJulie(翌年の3月8日付毎日新聞で発表)

◇3.9
稽古場でのお稽古も無事終了して、いよいよ佐野入り
舞台セットも配置して、役者さんも本番と同じにゲネプロだったかしら
私も探偵さん観劇準備で髪型ヘンシン
探偵さんの髪の色はどんな?佐野の空の下で上弦のお月さま観たかしら

◇3.10
2011年バージョン「探偵〜哀しきチェイサー」佐野市文化会館で初日の幕があがって
差し入れのお弁当は初日お祝いでお赤飯だったもよう
探偵さん観劇のために2009年バージョンのDVDでおさらい&予習して
明日のお天気、横浜は今日より気温上がるみたいだけれど、佐野は10℃以下
春も近いけど暖かい服装で行かなくちゃ




◇平成23年3月11日(金)晴れのち雨のち曇り
東日本大震災
1.佐野市文化会館
公演二日目(佐野音楽鑑賞会160回例会&澤會会員)
昼の部14:00〜
14:46に中断 避難しその後中止決定

我が家から遠い佐野、平日公演の夜の部は日帰りできない時間
昨年、仕事が忙しい時期に申込みしたので佐野公演は行く予定にしていなかった
諸事情で、平日も家にいることになってやっぱりお泊りでも初日が観たいなと
1ヶ月前にホテルを予約しチケット探しを始める
会員限定の公演なので一般発売もなし
会員になればとあれやこれやしたら数名でないと会員になれないとのことで断念
で、会員になることはあきらめて何気にじゅり友さんにメールしたらすぐに返信がきて
仕事で大事な会議が入って開演時間に間に合わずに、どうしたものかと思っていたところに
私のメールが届いたとのこと
昼の部と夜の部を観る予定だったそうで、夜の部は間に合いそうなので
初日ではない3月11日昼の部のチケットを譲っていただくことになった


我が家から2時間半の佐野
湘南新宿ラインで小山までのんびり、退屈な車中でブログにコメントが届いた
今年のお正月初めてお目にかかれた方とまだお目にかかったことがない方から

まだお目にかかったことがない方はコメントに湘南新宿ラインに乗っていると
佐野駅で降りたら、まだお目にかかったことがない方と初めて会えるかしらなんて楽しみにして
初めての佐野、コメントくださった方は十数年前に会員になってJulieのコンサートで来たことがあるそうで
開演前に佐野ラーメンも食べたいと

目的駅まで2時間近くもかかる退屈な車中の中で
Julieは佐野が初めてではないこと、佐野はラーメンが有名なこと学習して

車窓の途中駅、コンサートで来たことある駅名など通過しながら小山駅到着
乗換え5分なので乗換え余裕かしらなんて思っていたら乗換えホームがなかなかみつからなくて
ようやくホームにたどりついたら発車のベル、次の電車では開演まで余裕がないので必至に走ってセーフ

30分乗って佐野駅到着
改札でたらよくおみかけするじゅり友さんふたり、道もわからないのでご一緒させてもらうことに
道を迷っていたら、よくおみかけする方が地図もってラーメン屋さんを探していたり
この時点でまだコメントくださった方がこの方とは気がつかない私

その方とわかれて自分のメモした地図眺めながら
自分の情報は駅から5分と思っていたのに目指す建物探しながら3人で歩くこと30分
佐野ラーメン有名ってこと知らなかった私、会館途中で小さなラーメン屋さんに行列
行列していたらお芝居に遅刻しそう
やっと会館も見えたので、3人で会館近くのラーメン屋さんでラーメンを食べていざ会館へ



既に入場は始まっていて、いつもと違う雰囲気の行列に並んで会館の中へ
入場の列は多くが佐野音楽鑑賞会の会員の方たち、Julieのコンサートでお見かけするひとも
チラホラみつけてほっとしたり

まずは客席に行って自分の座る席を確認、程よい距離の真ん中となり
後ろの席から段になって、座る席は床がフラットで座席が千鳥配置になっていないので
前の席が大きなひとじゃないこと願って
となりは一緒にラーメン食べた方、もうひとりの方も後ろの席にいて
いただいた喉飴なめながらお話しして開演を待つ
2009年には10回観劇して内容は場面ごと記憶に残っているので
どんな違いがあるかなと思いながら、
自分にとって2011年バージョンの初日、そんなにドキドキすることもなかった

ほどなく客席が暗転になり緞帳が上がった

前日から始まった探偵の二日目

内容は幕が開いた最初の場面からM2の♪探偵(哀しきチェイサー)までは2009年バージョンと同じ
遺影を持っている友永麻里亜役は蘭ちゃんから高泉淳子さんにかわっている

2009年バージョンは新太郎さんがアンプの上に腰掛けてスタンバイだったけれど
今回は立ってグラスを持ってスタンバイ、今回のほうがいいかな
暗闇の中のJulieをお見逃しなく


会館の音響がちょっと気になったけれど圧倒されるJulieの歌声でカバー
ちょっともったいなかった。
地震で中断して♪探偵(哀しきチェイサー)が1回だけしか聴けなかったので特にそう思う 
せっかくのJulieの歌声、こまやかな音響でお願いしたい

M3の♪さよならのマリー
麻里亜さんの衣裳、歌うときノースリーブになるのは?
家族を自殺で亡くしている役柄設定なのにノースリーブ?この衣裳にしたのはどんな理由だろう
靴も、ちょっと気になった、後半を観ていないのでなんとも
衣装と靴、私の趣味にあわなかったけれど、麻里亜さんの格好に
2幕目に新太郎さんのココロがだんだんと傾いていく姿が想像できなかった
衣裳に圧倒され麻里亜さんの歌がすんなり耳に届かなかった

2幕目の波止場の場面で新太郎さんと歌うM8♪酒場の夜に
私の好きな曲を高泉淳子さんがどう歌うのか聴くことができなくて残念だった

新しい共演者の方、まだ1度きり、それもほんの少しで中断だったので
感想は2回目の名古屋公演で1幕、2幕全部観てからに

バーカウンターからでてきてミラーボールの下
舞台前面真ん中でみんなと並んで踊り歌う新太郎さん
踊る姿はカッコいいJulieではなく可愛いJulieでした
真ん中真っ直ぐで可愛く踊るJulie、思わずクスクス笑ってしまう可愛さ
じゅりわんでシャララ踊ったJulie、
お芝居でいつもこんなふうに踊りながら歌っているんだから、クチパクでなく
ほんとうは歌いながら踊れたJulieだったと思うけれど


M4の♪サイレンは鳴っている
ちょっと歌い方が前回とかわっていた
それでも歌っているときは新太郎さんではなくJulie
それにしても、この曲を歌う格好が前回と同じサンダル履きに分厚いカーディガン
もう少しJulieをカッコよく表現していただきたいと切に願って

バーカウンター
まっすぐな方向からJulieを拝見
髪の色少し赤味がかった栗色で春団治のときみたいな色でステキでした
ポマード?だかジェルだかワックスだか?でピタっとなでつけて、ちょっとおじさんチック
どうせなら分け目なしのオールバックがカッコいいのに

何にもつけないでふさふさの髪で若々しくもよかったのでは
銀色の髪の探偵さんも見てみたかったな

そして後ろのずらっと並んだお酒、あら残念
Julieの好む焼酎と、すわ親治さんが好む焼酎が消えていました
すごく気になって気になって

劇場ごとに違ったお酒が並ぶのかしら
前回のときはお酒が並んでいる棚、移動するたびにゆらうら揺れて心配だったけれど
今回はちゃんとお酒が動かないようになっていたのかな 


PM14時46分頃
そして、あの恐ろしい瞬間が

バーカウンターの中にいる新太郎さんがママ(小椋あずきさん)と会話しているときに

そのちょっと前に揺れを感じ
隣の人と揺れてるねって、揺れがずっと続いて

舞台の上の照明が落ちそうなくらいユラユラ揺れて

壁がミシミシ軋むような音が聴こえて

そのうちに舞台袖のほうからゴーと地鳴りのようなすごい音が聴こえて
今まで聞いたことがない異常な音だった


天井が落ちてくるんじゃないかと怖くてきゃ〜って声がでた
このままこの場所で命が終わってしまうのかと頭によぎって

会場はザワザワして
それでもセリフを言ってるJulieでした

舞台の一番奥にいたJulieにはユラユラ揺れるライトは見えていないけれど
壁が軋む音や地鳴りのようなゴーっという音は聴こえなかったのかしら

客席の異常な気配は感じなかったのかしら

役者の判断ではちょっと待ったは言えないのかしら
これがJulieのLIVEだったら、Julieの判断で「ちょっと待って」が言えるのかしら

あんなにすごい瞬間をただただ呆然としているのが恐怖だった

揺れを感じてJulieがセリフを言うのを止めるまでが物凄く長く感じた
その間だけ恐怖を感じていた
Julieと一緒なら。。。。
などと不謹慎なことを考えることすら頭によぎらなかった!
周辺が揺れに何も反応せずにいるのが不思議だった!
みんな何故か冷静だった!

心臓がドキドキして怖かったけれど
真ん中の席ですぐに逃げることができなかったのも恐怖だったのかも
通路側の方の人達は自分の判断で逃げ出してる人もいたようで



ちょっと待てばおさまるかなと判断したのかしら

しばらくして舞台下手から舞台監督さん?がでてきて

Julieたちに舞台前へでてくるように促して袖にさがるように言ったときに
Julieはそれよりお客さんを外へみたいな仕草をしたらしい

真正面でJulieを観ていたのに、その光景をまったく覚えていない

天井が落ちそうな恐怖で早くここから逃げ出したい思いで必至の私だったから
後から駅の避難所で、別々に外へ避難したじゅり友さんから聴いて


で、ようやく 動揺している私達に指示がだされて
地震の震度や震源地等の確認と舞台の状態など点検するので
とりあえず外に避難するように指示がでて

非常口からコート着る間もなく慌ててバックとコートを持って順番に外へ
避難するときも余震で揺れていて

歩きながらどこから来たのなんて訊かれて横浜からとか遠いトコからタイヘンねとか
外へでたら大粒の雨が降ってすごく寒くて
雨に濡れて風邪でもひいたらと私達は自分の判断でロビーで待機しました

このときにJulieたちはみかけなくて、みんなでどうしているのかしらなんて
後からの情報ではJulieも役者さんたちも外に非難したそう

自分のことで必至でJulie達が近くにいたのかもしれないけど気がつかなくて


PM14:58
ショクバからSOSのついた安否確認メールが届いていた
14時46分頃、三陸沖を震源とする宮城県北部 最大震度7の地震が発生し
怪我の状況、家屋の状況等を返信するメールだった
お芝居の最中に電源を消していて避難しているときにメールが届いていたのがわかったけれど
あまりの衝撃に動揺してメールの内容を確認する余裕がなかった
(このシステムを練習で試したのは昨年1回)


PM15時03分
外に避難していたら大粒の雨
自分達の判断でロビーのソファーに座って十数分前の出来事をあれやこれや
しばらく待ってもその後どうすればいいのか何も説明がなかった


1000人以上の会員の地元のひとは避難した時点でロビーに戻ることなく自宅へ戻ったのかしら
澤會でチケット購入した会員以外の地元以外の私達はどうしていいのか何もわからずに

ちょっと待っても、きょうのチケットに書いてある主催側から何も報告ないので
誰かが主催スタッフのジャンパーを着ている人に尋ねたら30分で結論をだすということに

そのすぐあとに
本日はこのまま公演中止で速やかにお帰りくださいとの発表
天災なので払い戻しもしないとのこと

佐野公演二日目わずか46分の観劇になって



この時点で東北以外の地域
自分のいる、さっきの地震がどの程度の地震かわからないまま
夜の部は開演の予定は決定していなかったので夜の部を観る人達はそのまま残ることに
このあとすぐに夜の部も中止決定されたよう

夜の部を観る予定だった人は幻のチケットになってしまって


PM15:25
同メール到着
バス亭で待っているときに大きな余震がきて大きく揺れている電信柱をさけ広い場所に避難して
メールを見る余裕がなかった


PM15:56
同メール到着
それから2回もメールが届いたけれどお芝居が中止になったのも初めての経験
地震であんなに恐怖を味わったのも初めての経験
途方にくれて、もくもく歩いてメールの内容を見ずにいた


昼の部のみの私達は
さっきの地震の情報も交通機関がどうなっているかの情報も何もないまま駅まで歩くことに
このとき、いつもおみかけする方と一緒に行動

来るときに30分かけて歩いてきたので道はなんとなく覚えていてよかった
途中でバス停があって、すでに待ってる人もいて、もうすぐ来る時間なので待つことに
ラーメン一緒に食べたふたり夜の部観る人もこのときに追いついて


そのとき余震で大きく揺れて電信柱が倒れない場所に立って、しばし待機

余震が続いているのでバスもあてにならないと思い
バス停にいたみんなであきらめて駅まで歩くことに

そのとき佐野の地元の人は誰もいなくてJulieフアン10数名
てくてく駅まで歩いているうちに自然にグループにわかれて

で、一緒に歩いてる人の中に
来るときに佐野駅周辺で地図を持ってラーメン屋さん探していた方もいて
その方が湘南新宿ラインの車中でブログにコメントくださって
まだお目にかかったことのない方だと知ることに
私のことをいつから知っていてくださったのか
昨年なんどか遠征の帰りに一緒になって、いろんなことオシャベリしていた方でした
まさかその方がコメントくださってる方と同一人物とはビックリ!
あの恐ろしい瞬間を一緒に体験したからカミングアウトしてくださったのかしら


地震で今まで経験したことのない怖い衝撃うけて、もうひとつのうれしい衝撃で
複雑な気持ちでオシャベリしながらてくてく歩いて

歩いているときに信号が点滅していないことに気づく

道路の脇のお店は電気が消えて真っ暗
銀行のオンラインもストップしてみな外で避難
コンビニも真っ暗で閉まっていたり

お蕎麦屋さんも蕎麦うってる途中で、どこかに避難したのか
うちたてのお蕎麦が置きっぱなしだった

建物の屋根の瓦が落ちている光景も

市役所では従業員、その場にいた市民の人達が外で避難していた
30分歩いてくるうちに、さっき佐野市文化会館の中で体験した地震が
すごい大きいことが判明してきて



PM16時頃
それでも帰る望みを捨てず、駅の階段のぼってJR窓口へ

両毛線も東武線も地震発生後、確認作業中で全面ストップ
いつ復旧するか見込みもなくちょっと途方にくれて
階段降りて駅の待合室みたいな場所で待機することになり
もう既に人がいっぱいで、あいている椅子に座って

何度か駅長さんが状況報告に降りてきて
復旧のみこみがたたないことが決定されたのは夕方になる前だったか不明


PM18時40分頃
九州のじゅり友さんから東京や他の県の友人とも連絡とれずに心配のメールが届いた
JRの在来線もほとんどストップ、桜島フェリーもストップ、明日から九州新幹線全線開通だけれど・・・・


近くにホテルがあること知っていたけれど、あまり大きなホテルではないので
この地域全部停電なので自家発電もないかしらなどと泊ることも困難?

駅で避難しているひと、誰もホテルのことは口にしませんでした

電車が復旧したら帰ろうと望みを持って近くのホテルに宿泊することは考えなかった
コンサートでお見かけしたことのあるJulieフアンの方と一緒にいたから
そんな不安な思いにもなかったからかもしれない


佐野駅の待合室みたいな場所
停電で外が暗くなる頃、自家発電?の照明スタンドを数本設置してくれ、そんなに暗くない避難所でした


PM20時30分頃
停電で暖房もなく冷え込んできたときに毛布が配られて
毛布にくるまってパイプ椅子に座っていつ復旧するのかもわからない電車を待つことに

非常用のお水とクラッカーが配布され



暖かいスープと塩むすび
近所のラーメン屋さんからの心遣いに感謝



ラジオが都心の交通機関が復旧したことを発表した頃
非常用の暖かいおこわが配布されて



両毛線はストップのまま、自宅には帰れないと完全にあきらめ
じゅり友さんとのオシャベリも途絶えて、ちょっと目を閉じたりしても
余震が続いてなんどかドキドキして不安で眠ることはできずに

朝は非常食のおかゆとか空腹を覚えることなく過ごせて


パイプ椅子に毛布、風をとおさないパーカーも配布されて
ストーブから少し離れていたので朝方はちょっと寒かった
明方トイレは暗かったけれど
いつでも自由に利用でき、夜中は利用者も多くだいぶ汚れて
トイレットペーパーは大丈夫かしらなどと心配したけれど
朝にはキレイに掃除してありました

頻繁な余震は続きながらも
携帯で家族や友人に連絡とりながらの帰宅困難者の私達でした


夜の部を観る予定だった私にチケット譲ってくださったじゅり友さん
都心の職場で地震に見舞われ高層階から階段で下まで下り
バスを乗り継いで8時間もかかって自宅にたどり着いたのは翌日の日付になって
その方は移動中に私のブログを見て私達の状況を知り、頑張ろうって思えたそう
避難所の私達も、じゅり友さんが8時間も頑張ったのだからと励みになって

パイプ椅子に座れないほどの地元の高校生らしき学生も多くいたけれど
信号のついていない真っ暗な道を車で迎えにきた家族に連れられ無事に家路に


パイプ椅子に座ったまま長時間を過ごすことになったため
2階のスペースに長テーブルに毛布を敷いて横になって休む場所も用意してくれたけれど
お年寄りや体調の悪い人優先
あんまり該当する人がいなかったので利用できたけれど
2階は地震でガラスが割れたりして、余震も続いていたので
すぐに非難しやすい1階で座ったままで夜をあかすことに
停電で暖房もないので寒かったけれどストーブを何台か置いてくれた
ストーブの側ではなかったので風を通さないパーカーをかぶって朝方の冷え込みに対応したり

避難場所はラジオだけの情報
1台しかないので、あまり聴こえなくて
夜中に地元の人が私達の側にラジオをさりげなく無言で置いてくれて
ようやく地震後の各地の情報を知ることができて地元のひとの心遣いに感謝
被害が大きな場所の情報のみで自分の住んでるところの情報が入らないまま
この時点で自分の住まいがどうなっているのかわからずに最悪の状況を想像したり
生きてるだけでと思い始めて



JRの駅長さん、市役所の人達、佐野のボランティアの方たちにお世話になりながら
コートを着たまま毛布に包まってパイプ椅子に座ったまま20時間過ごして

生まれて初めて体験した大きな地震
過去何度かビルの高い場所で大きく揺れたり
書類キャビネットの引き出しが全部飛び出してしまうほどとか
ガラスが割れるとか経験あるけれど、避難するのは生まれて50数年初めての経験



コートを着たまま夜を明かし、昨日のままの格好で非常食のおかゆを食べて

非常食のあたたかいお粥を食べながら
また長い長い二日目の夜をこの場所で過ごすのかしらと思っていたら。
駅長さんの発表があり両毛線、東武線は復旧の見込みなし
高崎線は復旧したので、そこまでタクシーで行き各自行動を起こすように促されて


4人づつぐらに分かれてタクシーで1時間かかって熊谷駅まで
いつ走るかわからないけれど、とりあえずホームで待つことに
駅のアナウンスも混乱で私達も向こうのホームへ移動したりまた戻ったり
やっと来た電車は朝のラッシュ状態
これでずっと行くのも危険なので次の電車を待ったりしながら
あと一駅で上野を目の前にして車内で30分待って
上野駅も各地からの電車が一度に集まってホームが満杯状態
やっと上野について京浜東北線に乗ったら横浜に津波情報で桜木町止まりだったり
一晩一緒に毛布にくるまって夜を明かしたじゅり友さんと横浜駅で別れて
次は元気でお目にかかりましょうと


何度か乗り替え熊谷から6時間、佐野から7時間かかって無事帰宅

朝おかゆを食べたきり、電車の中で避難所でもらったクラッカーを少し食べたきり
余震で睡眠もとれずにヘトヘトで自宅に着いたらエレベーターも最上階で止まったまま
最上階ひとつ下の階まで何度か一休みしながら階段をのぼって
ようやく我が家へたどりついたら、家の中はモノが散乱状態


でも命が助かって
家も壊れていなくて無事に我が家にたどりつけただけでほっとして
体から力が抜けて、しばらモノが散乱してる場所でぼ〜として

心配してくれた家族や友人にメールしたり電話で報告したり
翌日のケネディハウスのLIVE、頑張って電話して行けることになったけれど
楽しむ気持ちになれず欠席することにした
なにより一晩停電の避難所で夜を明かして7時間かかって家にたどりついたけれど
Julieを目の前に体験した地震
翌朝の新聞を見て史上初の異常事態の災害だったことを知って
ショックが大きすぎてLIVEを楽しむ気持ちの余裕がなかった


明方の3時
避難所に地元の下野新聞が配布された


Julieを目の前に体験した地震が国内史上最大の地震だったことを知る

マグニチュード8.8 今までに見たことのない数字
   ↑
二日後の13日にマグニチュード9.0に修正され
日本の観測史上初、日本の地形もかわってしまう大震災となった

東北は震度7 

佐野市文化会館でミシミシと壁がきしむ音、ゴーという地鳴りの音は
震度5強 初めて体験した数字にガクゼン

あのときの壁が軋む音
そのときに舞台袖の壁が剥がれて落下したこと後日役者さんのブログで知って


翌朝、2度目の新聞
朝日新聞が配布された



停電でテレビも見れなかったので東日本大震災の見出しを見て
写真を見て、どんどん不安になって
またここで夜を明かすのかなと配布しながらもらった非常食のおかゆを食べ
空腹を感じていたのに
自分の住んでるところの情報がわからなかったからか全部は喉を通らなかった


翌12日、一晩と7時間かかってようやく横浜の自宅に戻って地元も大混乱だったことを知る
私の生活圏のJR横浜駅では約6万人が帰宅困難者だったもよう


12日テレビで横浜駅西口の当日の映像
コンクリートの地面が盛り上がって割れていたり
いつも利用しているスパーのあるビルが大きく揺れている映像
当日自宅にいたらどんなことになっていたのか。。。



後日、テレビの映像で揺れていたそのビルのお直し屋さんから連絡があり
ビルに被害があって当日はその時点で閉店で
お店が開くのは10日以上先になるので依頼していたモノはそれ以降になると
地震のショックでお直しを依頼していたことすら忘れていた


お芝居を観に行って会館の中で災害に遭遇して

同じ会館の中にいた客席の私達と舞台の上の人は別々の行動で

客席にいた会員の人達は車か歩いて自宅に戻り
澤會でチケット買った遠方から足を運んだひとは
お芝居主催者側から何の説明もなく各自で行動することになったけれど

佐野駅の方たちや市役所の方たち、佐野市民のボランティアの方たちの
とっても暖かい心遣いで不安な夜を心暖かくして過ごすことができて
まったく知らない人の中でポツンとじゃなくて心強くて


佐野市文化会館の舞台の上であの地震を体験したJulieたちは?



避難先では、いざというときのためにネットもみることなく携帯の電源こまめに切っていたので
Julieや他の役者さん達が、演じている途中で公演中止になって、その後どこでどうしていたのか
同じ栃木県佐野市にいても何にも情報が入らなかった

Julieは地震発生直後、私達と同じように会館の外に避難して・・・
それから夜の部公演も中止決定し・・・

その後のこと
役者さんがツイッターで報告してくれていた

佐野に行かなかった人達の方が情報を得て

お芝居の最中に、同じ場所で地震を体験したJulieと
一番近い場所にいただろう私達はJulieは今頃どこでどうしているの?状態でした

佐野市文化会館近場のホテルに宿泊したもよう
もしかして、私が宿泊予約キャンセルしたホテルかしら
停電でロビーにロウソクつけてみんなで一緒に一夜をともにしたようで星もきれいだったそう
役者さんたち、Julieと共に一夜を過ごして、さらに探偵さん劇団の絆が深まったかしら

私達のいた駅周辺、赤色灯をつけたパトカーが夜通し真っ暗な町を巡回していました
お星様は見えなかったけれど真っ暗闇に赤いライトが印象的でした


私達の避難場所
自家発電?の照明何本かあったから暗くなくて配布された新聞も読むことができたけれど

Julieは毛布とかでくるまっていたのかなぁ
役者さんたち、Julieと一晩夜を明かして、どんなお話ししたのかしら

お芝居の最中に壁がミシミシきしむ音がしているとき
やっぱり舞台袖の天井がはがれたみたい、役者さんたちに落ちなくてよかった


昨夜は信号も点滅していないから道路は真っ暗
明るいうちにホテルへ移動したのかな?
それから先は信号もない真っ暗な道路は危険だから翌日の移動できょう日(12日)だったもよう
マイクロバスで高速使わずに一般道を通って新宿に到着したそう

私はタクシーに1時間乗って電車に6時間乗って7時間かかったけれど
Julieは新宿からmいつものコースでお帰りだったのかな

Julieや役者さんたちは無事に帰ってこれて次の名古屋公演に備えるそう



役者さんのツィッターやブログでは名古屋公演は決定みたいだけれど 
余震もまだ続いて観測史上最大の震災だから
計画停電もあり、交通機関にも大きく影響して、会館には被害なくても
役者さん達や舞台装置が無事に開催場所に到着するのか
チケット持ってる人が会館に無事に到着できるかどうか

今までに経験したことがない大災害、毎日テレビで映し出される各地の状況見て
こんなに被害が大きいのにほんとうにお芝居できるのかなって
名古屋、神戸、札幌、そして仙台と観劇するチケット持っているので
オフィシャルに公演の実施案内とか発表されるの待っていたけれど更新されない
日にちもせまってるので澤會さんに問合せたら
3月15日時点で名古屋公演と東京公演は開催決定とのことだった



名古屋公演開催決定を確認した数時間後

このページを書いているとき午後10時30分ごろに
静岡震度6強、横浜震度4、名古屋震度3

大きな揺れにドキドキしながら玄関のドアを開けて揺れがおさまるのを待って

そしてまた書き始めて
こんな状態で、ほんとうにお芝居ができるんだろうかなどと再び心配しつつ

こんなときだから公演中止してもガッカリするひといない? 
こんなときだからJulieの声が聴きたい?
住んでる地域によって思いもそれぞれ?


あの日から地域、場所によって生活環境にもいろんな影響が発生しているひともいれば
あの日の影響はなく、大きな災害に心を痛めつつ普通の環境の日常を送っているひともいる



きょう17日、計画停電
電気が消える前に新幹線のキップ払い戻しに行こうとしたら地下鉄が止まっていた
計画停電といっても、いつ電車が止まるのかわからない状況
ほとんどのひとは駅前の普通に走っているバスに長い行列
JRの駅には行けなかったので
近所でパンを買おうとしたらパン類の棚がガラガラ

一駅はなれたスーパーへ
ここも同じでパン類や保存食は何もない状態
買いだめもしていないから明日食べるパンが買えなかったけれど
他に食べるものがあるからあせることはなかった
でもちょっと不安になったり、開店前から並べばあるのかもしれないけれど
私もいつも買うお店にないから遠くまで足を運んで
きっとそんな人が多いから売り切れなのかもしれないとあれやこれや思いつつ
店内には水は個数制限していたけれど普通にいつものように並んで
すぐに食べられるもの、保存できるものは売り切れだけれど肉や魚や野菜は普通にあって


計画停電だからなるべくすぐに食べられるものがいいけれど
停電にあわせた暮らしをすれば調理できるし
なるべく電気を使わないものがいいけれど、しかたないので素材を買って
明日の朝食に食べるパンは買えなかったけれど
お花屋さんによってお花眺めて、ココロ明るくなるかしらと黄色のお花買って
ベランダで鉢に植え替え、土をさわっていたらココロ穏やかになって


チケットないのにどうしても観たいと思ってチケットを探すこともあれば
楽しみにしていても体調不良で空席にしたことも何度か
今回は体調はなんでもないけれど、あの日のショックが癒えない自分がいて
日常も小さな揺れにはなれたけれど
大きな揺れがくるとあの日のことがよみがえって冷静でいられなくて
今までも遠征のとき飛行機が大きく揺れて怖い思いも経験したけれど
今回はJulieを目の前にしていても、そうは思えなくて、それほど大きなショックだった
ココロが強くいられたら先のことをあれやこれや心配しなくて
開催決定で、頑張って行こうって思えたのかも


このページ何度も途中、余震で揺れて中断しながら書いて、書いてる途中でメール
地震の影響なく通常の日常をおくっているじゅり友さんから
名古屋のこと、空席にするのも。。。こんなときだからJulieを観て乗り切るのも良いのではって

あれやこれや返信しているときに大きな揺れ、玄関のドア開けて、しばし様子を見て 
揺れがおさまってメールの続き書いて返信は千葉県震度4、慌てて怪我しないようにって

あの日こと書き残しておこうと翌日に書き始めて
書いてる途中に何度も揺れを感じて中断し、ここまで書くのに6日もかかって


自分の生まれ故郷の東北があんなになって、
東北の友が被災して連絡がとれない数日を過ごし
あの日から4日ぶりに安否が確認でき、一日一日気持ちの変化があって
揺れがくるとあのときの恐怖を思い出し揺れがおさまるとほっとして
被災地の現場の映像を見てはココロが痛み、2〜3日前からいつもの普通の番組に戻って


みんなが楽しそうにしている映像見て、笑えない自分がいたり
日本中が被災していないから、普通の番組あっても当然だし
被災地の情報ほしい人はそっちを見ればいいしなんて思えたりもして
悲惨な映像ずっと見ていたら
このままどうなるんだろうって不安な思いばかりが大きくなって
被災していない地域の人は冷静に現実を受け止めて
ココロ広く持って自分のできることから被災地に少しでも届くように


何かをしてあげたい気持ちはモノやカタチでなくても
計画停電ってしなくても、普段の節電を継続したり、数分間隔の電車をもっと間隔あけたり
必要以上に便利になって必要以上にモノがあふれて、それをそうじゃないときみたいにして

こんな事にならなくても
いつ何が起きるかわからないご時世だから、不安な思いは捨て強いココロで前向きに


こんなときだけど
3月11日に我が家に届いていたもの載せておこう

「探偵〜哀しきチェイサー」佐野公演二日目
私の初日お祝いに飲もうと購入した
「焼酎勝手にしやがれ」


昼の部公演から帰宅して、お芝居の余韻で乾杯しようと思っていたお酒

私の探偵初日たった46分だけで完結しなかったので
次の探偵さん観劇までおあずけに、いつ乾杯できるかな



仙台公演一緒に観ようって約束した東北の友
きょう4日目にようやく無事だとわかって
友と一緒に仙台で新太郎さんを観るのは奇跡みたいなことかな
あと1ヶ月、奇跡がおこること祈って

3月17日 記


ここまで書いて、日付がかわって3月18日を迎えた

Julieのお芝居観てる最中に今まで経験したことない出来事に遭遇したから
またそのお芝居を観たいと思えなくなって

余震が続いて計画停電
モノがちょっと買えなくなって普通の暮らしがちょっと不自由になっただけなのに動揺して
お芝居のチケットを持っていなかったら、またあの日にあの場所にいなかったら
こんなときにお芝居やるの?って思わなかったかも知れない。

名古屋公演楽しみにしているメール届いたり
家族が津波からちょっとの時間差で命助かった人もいて
みんなすごいタイヘンなこと乗り越えようとしていたり
被災地とは遠いところで普通の暮らししている人もココロ痛めて
あれやこれや名古屋行き悩んでいたら空席にするのもなんだか
こんなときだけど、こんなときだからこそJulieと一緒に乗り超えられるかなって

地下鉄止まって名古屋行きを決められたみたい、黄色の花を買って気分がちょっと前に向いて


黄色のラナンキュラス 
花言葉:輝く魅力、美しい人格、優しい心遣い
ボロニヤピナータ
花言葉:心が和んで

3月18日 記



◇4月15日
3月11日、14時46分で中止になった昼の部、及び夜の部は
4月14日及び4月15日の2日間にわけて開催され、公演中に余震もなく無事に代替公演終了
残念ながら、自分の感傷的な事情で3月11日昼の部、あの日と同じ席で
あの日と同じ時間をむかえることができずに再び佐野市文化会館に足を運ぶことなく
本日代替公演を観劇することは叶わなかったけれど、あの日の記録を読み返しながら
舞台で演じているJulieや役者さんたちに想いを馳せた2時間50分だった